【完全保存版】絶対に迷う!?全長5キロの大迷宮~階段ピラミッドと南の墓を大公開! ~#10 河江肖剰の遺跡と謎を巡る旅(エジプト文明・考古学・歴史・遺跡・ミステリー・サッカラ)

【完全保存版】絶対に迷う!?全長5キロの大迷宮~階段ピラミッドと南の墓を大公開! ~#10 河江肖剰の遺跡と謎を巡る旅(エジプト文明・考古学・歴史・遺跡・ミステリー・サッカラ)

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エジプト考古学者の河江です。 今日は!…いいですね、 この今日は!という時に 後ろグリーンバックじゃなくて、 実際のピラミッドがあるということでね。 サッカラ。 古代エジプト最古のピラミッドがある サッカラの階段ピラミッド。 ここに入っていきたいと思います。 これ近年この中が開いたんですけれど、 地下迷宮みたいになっていますが、 こちらのyoutubeチャンネルでも 取り上げていきたいと思います。 このサッカラの方なんですけれど、 本当に非常に長い期間、 実に約3000年以上になります。 人のある種、遺体が埋められ続けたっていう 凄いネクロポリス。 エジプトの中でもそういった意味では 最大規模のネクロポリスということになってます。 その中で一際、そびえているのが、 今この目の前に見えている ネチェリケト王、神の肉体という風にも言われる ジョセル王の階段ピラミッドになります。 あとここもいろんな形でピラミッド見えてるんですけど、 あれもピラミッドですね。 あそこに見えているのがウセルカフという 王様の第5王朝時代の王のピラミッドで、 さらにそこから少し右側に見ていくと 砂の山みたいなものもね、 あの見えますけど、 あれも第6王朝時代の テティ王って言う王様のピラミッドで、 ここサッカラにもいくつものピラミッドが立っている ということになっています。 それでは早速中に…あ、もう1つだけ。 サッカラの階段ピラミッドっていうのは 実は私も調査をしていて、 2008年になりますかね。 ここのところを三次元計測、実はしていました。 当時はこの階段ピラミッドというのが 修復が行われいて大規模なものがいたんですが、 これもようやく終わって、 今みたいな形で綺麗に見えています。 2008年以後は結構やぐらなんかが建っていて、 ちょっと古代の風景というものを なかなか感じることも難しかったんですが、 今そういったものが終わっている状態になっていますね。 ここも本当に苦労した調査地なんですけれど、 今回もここ、WORLD SCAN PROJECTと共にですね、 ドローンや写真測量ですよね、 フォトグラメトリそしてレーザーなんかを使って、 包括的にデータを取って行く予定になってます。 いや~階段ピラミッドもめっちゃ久しぶり。 どれくらいだろう階段ピラミッド。 コロナの前に来たかな? ここ調査は2008年にやってましたけど、 その後はそんなに来てはいないかなー。 階段ピラミッド実はこれ周壁といって 大きな壁に囲まれてました。 一部そちらのところが修復も兼ねて、 一部だけですね、(修復が)行われてはいるんですけれど、 全体的には修復はされていないので、 一部が修復されていてあとは残っている部分って 感じでしょうかね。 ここを周壁が約1645mかな? ぐるっと囲まれていたような形になっています。 今ちょうど人が入っていますが あそこが入り口になっていて、 ここから今度ジョセル王の いわゆる冥界の、彼らが支配する世界に入っていくっていう そういう形になってますね。 壁のオリジナルのもの、 残ってるのがちょうどそこですね。 今観光客の人があそこのところに立っているので 大きさなんかも分かると思いますが、 あれがオリジナルの壁の一部になっています。 壁の中身って感じかな? こちらのところもう1回見てもらうと、 10m程の高さの壁なんですけど、10.5mかな? 凹みが一部見えているのが分かるかもしれません。 四角いこれぐらいの。 こんな感じの凹みがぽこぽこぽこっと。 あそこのところに 本来は青いパネルがはまっていたということで、 実はこれ凹凸がありますけれど、 古代エジプトにおける太古の海ヌンを 表してるんじゃないかという風に言われてます。 古代エジプトの神話の中では 世界というのは初めは混沌とした海ヌンであり、 そこのところから原初の丘というのが盛り上がって、 エジプトの大地というの成したっていう そういった神話がありますが、 このいわゆる凹凸のある壁というのは 他の神殿なんかでも見ることができるんですが、 そういった太古の海ヌンというのを表している。 さらにそれを示すかのようにして青いパネルが、 もうそれだけでもすごいですよね? こういったところにパネルをうわーっとはめ込んで、 1645m囲んでいくということで、 (壁を)作り上げたということになっています。 今は後に埋められたりしてるんですけど、 この周りに巨大なdike、 これはお堀か。 日本なんかで言うところの。 そういったものなんかもこの周りにはあったんですけれどね。 中にそれでは、入ってみましょうか! すごいですよね。 オリジナルのところね、そこに残っていて、 下のところですよね。 あと上のところ見てもらうと、 オリジナルが残ってるのが分かると思うんですけど、 これ分かりますか? 巨大なこれ扉ですね。 ジョセル王が、 まぁネチェリケト王という風にもいいますけど、 こちらの複合体をつくる時に、 それまで日干しレンガだったんですよね。 それを永遠に作るということで、 ここは彼らが永遠にもつであろうと思っていた石、 石灰岩で扉を作っているということになっています。 本来こういったものも日干しレンガであるとかの植物で、 あとは木材、 そういったものを使って作られていた 神殿の一部なんですけれど、 本当にね、これを石材で作り上げようとした その発想の飛躍というかね、 すごいものがありますよね。 ここのところがエジプトで残っている 最古の列柱室です。 有名な列柱室というのはカルナック・アメン大神殿にある 巨大な列柱群が、 134本のものが立っているところがありますが、 それの元々のある種オリジンとも言えるものが、 ここサッカラの階段ピラミッドの 複合体の中にあるものになっています。 この植物自身はいったいどういったものであるのかというと、 実はちょっと議論があるところで、 別のyoutubeの動画にアップしているので、 これはまたそちらの方見てください。 中行きましょう! すごいですよね。 いつか本当にこのyoutubeの方でも こういったところを現地で紹介したいと 思ってたんですけれど、 早々に紹介できる事になったってね。 こういったところには元々おそらく台座があって、 ネチェリケト王の像なんかが 置かれていたんではないかという風に 想像されているところです。 今屋根は完全に修復・復元されているんですけれど、 本来やっぱりここのところは 非常に薄暗い空間だったところですね。 神話の中では原初の海から、ヌンの中から、 巨大ないわゆる大地ですよね。 最初の原初の丘っていうのが盛り上がるわけなんですけれど、 その周りには原初の沼が形成されていくという、 そういった原初の沼っていうのを彷彿させる、 こちらのところは構造体、建造物になっています。 薄暗い中でここずっと入っていて、 そこからポンと明るい空が見えるところに出るんですけれど、 それによって視覚的な効果、 ピラミッドが何倍にも大きく見えるようにっていう そういうような試みを おそらくここはされていた場所だと考えられます。 行きましょう。 おじさん達が気を遣って隠れてくれてますね。 顔見えてるよ!みたいなね。 ここも綺麗になったなぁ。 昔はずっと砂漠と言うか砂地だったんですけれど。 あーすごいすごい、こんなんですよ。 やっぱりいいですね。 階段ピラミッド。 やっぱり綺麗に修復されてしまっているところも あるんですけれど、 これ今南側に来ているんですけど、 南の1番目の所って完全に何かこうブロックが 載っているところではあるんですけど、 あそこ実は全部無くて (修復前は)中の構造体っていうのが見えたんですね。 これを2008年に Saqqara Laser Scanning Surveyというのを 私たちが作り上げて、 隊長はMark Lehner 先生とZahi Hawass 先生、 日本隊の隊長が大阪大学の佐藤先生と東工大学の亀井先生、 そして私の方が現地でフィールドディレクターということで ここのところの調査も行い、 あの南側っていうのは実はピラミッドの構造体、 そして発展を知る上で非常に重要な場所だったんですけれど、 最後のデータと言うのを取ったということになっています。 ここはフランスのJean-Philippe Lauerという マスターがずっと調査を行っていた場所です。 まあ元々はこの階段ピラミッドができる前は マスタバ墳墓っていう上部構造が、 アラビア語でマスタバ、ベンチのような 状態になっていたものを、 拡張工事によってこのような、 最終的には階段上のピラミッド、 1,2,3,4,5,6、6段のものになったと考えられます。 実際にこれ6段で、そして拡張工事っていうの Lauerの説では6回行ったっていう風にも 言われています。 ジョセル王、ネチェリケト王の治世が19年と 一般的には考えられているため、 そう考えると本当に3年に一度は拡張工事を していたのではないかと推測されているものになります。 当時としてはある種、街ぐらいを作る規模の これはアクティビティというか活動だったと思われます。 すごいですよね。 そして今回本当にいろんな特別な場所というのを ご案内できるのが嬉しいんですけれど、 こちらのところ南の墓、そこにね Southern Tombっていう風に書いていますけれど、 ここの中に入ります。 ここもまだ一般的には公開されていない場所で、 おそらくネチェリケト王、ジョセル王のカァのために 作られた場所だという風に言われてます。 これの奥なんですけどね。 向こう側に行く階段があって その階段を通って中に入っていきます。 カァというのは古代エジプトにおいて 訳すのが難しいんですけれど、 私自身は一番適切に分かりやすいのは 生命力じゃないかなという風にも考えています。 ヒエログリフ、古代エジプト語なんかでは 両手を上げているヒエログリフで 表されることがあるんですけれど、 挨拶なんかにもあなたのカァのために という風に言ったり、あなたの生命力のために という風な言葉なんかが残っていますが、 古代エジプトにおける一つの人間の成す 重要な要素の一つということになっています。 そのカァのための墓が、 ここ南の墓ということになってます。 墓の内部の方なんですけど これちょっと非常に複雑な形になっていて、 サッカラの階段ピラミッドも複雑なんですが、 それのちょっと縮小版になってます。 そこのところに現代もまだ残っているレリーフが、 ネチェリケト王の、があるので、 見に行きましょう。 あとパネルもすごく美しいんですよ。 では行きましょうか。 これが言ってた南の墓ですね。 南の墓って壁の間にどーんってあって、 ここから階段がズドドドドって続いているんですけれど、 それを今から行きましょう。 普段ならこんなのしないんですよ。 テレビの時とか絶対しないですよこんなの。 自分のyoutubeだから遊びでできるような感じですね。 おおぉ~。 すごいですねぇ。 めっちゃ逆光(笑) ここが南の墓の心臓部にもなってるんですけれど、 お話した通りにここのところに ネチェリケト王のカァの墓ってことで、 (カァのための)棺が実はあります。 見えるかな? もうちょっとこっち来ましょうか。 行きましょう。 足下気をつけていただきながら。 この辺で見えるかな? これ棺なんですよ。巨大な。 これと同じような棺が サッカラの階段ピラミッド内部にはあります。 棺の特徴としてはブロックを積み重ねたように レゴ状のものを積み重ねて、 棺なんですけれど入り口が実は上の所に 巨大な石の栓みたいなのがはまってますよね? あそこしかないんですよ。 そのためにこの栓を取り除かないと ここには入れないっていう、 やっぱり盗掘を防ぐためですよね、 そういう構造になっています。 これがネチェリケト王の南の墓にある カァの玄室ということになってます。 そこから今度左手の方に通路があるんですけれど、 そこには青いパネルが現在でも残っていて、 そこに走るジョセル王の姿が描かれていますので 見に行きましょう。 すごいですよね。 ここのところが花崗岩でできた 石のブロックですよね。 こういう風に石が積み重なって積み重なって積み重なって、 やっぱり古代エジプトにおいて 王の埋葬地っていうのは永遠にもつということで 非常に硬いアスワン産の赤色花崗岩、 これを使っています。 これで崩れないようにしながら、 実際に中の…ここはカァのための墓なので、 ミイラ・遺体はないんですけれど、 防ぐようにして、 上に蓋が閉まってるということになってます。 デカいですよねこれね。 なんかめっちゃ蚊がいるんですけどここ。 じゃあ中に入っていきましょう。 めっちゃ迷路みたいですね。 修復したところですけれど。 これですよ。 ネチェリケト王の名前がこの辺りに 書かれていますけれど。 ここなんかも彼が、 上エジプトの白い冠を被って付け髭を付け、 儀式を行っているシーンですよね。 すごいよなぁ。 セド祭っていう王位更新祭。 王の力というのが亡くなった後、 そこのところからその力っていうのを再現するために、 古代エジプトではセド祭っていう祭を行いました。 通常30年経ってから行なって、 それから3年に1度と言われてますが、 実際記録なんかを調べると、 30年経ってなくても行う王がいます。 一定の期間で王の力というのを再生させるって いうことが必要だったんですけれど、 それを再生っていうのを示すために 王がこの時代何をしたのかと言うと、 走ったんですね。 俺は元気だ!みたいな感じなんでしょうかね。 その走るレリーフここにあるので見てみましょう。 おぉ~ここまた綺麗に完全に残ってますよね。 めちゃくちゃ綺麗。 そしてそこにいるのが、 走るジョセル王、ネチェリケト王ですね。 面白いのがこの走ったところなんですけど 見えるかな? 境界碑というかね、 ここのところにこんなぽこぽこぽこっと出たのが 1、2、3。 でこっちにも1、2、3あるんですけれど、 これと同じような形状のものが ちょっと違うんですけれど、 階段ピラミッドの中庭のところに 置いてあるんですね。 だからこれ階段ピラミッドの中庭で 実際に走ったんじゃないかっていう、 そういう話もあったりします。 やはりこの時代王の力が衰えるというのは やはり国力が衰えるということに繋がるため、 その王の身体的な力というのを復活させるというのが 非常に重要な儀式で行われていたわけです。 階段ピラミッド誰もいないですね。 午後は観光客も。 暑くてめっちゃ気持ちがいいです。 多分私だけ。はい(笑) ということで今階段ピラミッドの東面に来ています。 ここはちょっとお話したかもしれませんけれど、 2008年に修復ずっとしていたんですけれど、 Lehner先生とZahi Hawass先生を隊長にして、 日本の大阪大学佐藤先生、 あと東工大学の亀井先生、 日本の方の代表はこのツートップ。 私の方がフィールドディレクターということで、 ここを三次元計測。 修復する前にその状態というのを つぶさに記録する、残そうということで、 当時とした本当に珍しい レーザーと写真からの測量というのを試みました。 本当にそういった意味で思い出深い場所になっています。 本当にここは大変でした。 上の方まで登山の専門家を送って、 そこからロープを垂らして ロープで降ろしながら、 今ここのところを羽みたいなのを付けて、 それにカメラ付けてですね、 カシャカシャと写真を撮りつつ、 下の方にはそれをトータルステーション自動追尾していて、 位置を再現するみたいなね、ことをしていたのは すごいプロジェクトやってたんですけれど、 今はそれが終わって 修復された階段ピラミッドということになってます。 そういった意味で本当に修復される前と 修復された後のデータを今回取ることが出来れば、 比較というのもできるので、 非常に重要なデータになります。 今回皆さんをお連れしたいのは、 やはりこのピラミッドの内部になります。 ピラミッド内部、南の墓という墓。 こちらのところは今は一般的に公開は されていないんですけれど、 こちらの方のピラミッド内部のところは 一般公開というのもされています。 早速中に入っていきましょう! こっちです。 北から入り口があります。 ネチェリケト王、これもどこかで説明したかな? もうなんか暑くて気持ちいいんですけど、 どこで何を説明したかの覚えてないんですけれど。 19年の治世、 あるいはそれの倍の38年という風に言われていますが、 その間に6回の拡張工事を行って 今現在の形にしたというのは向こうの方で説明したかな? その拡張の具合というのは、 南面のところで以前はそれは完全に剥き出しの状態で、 マスタバから大きなマスタバにして さらに大きなマスタバにして、 そしてピラミッドへとどんどん拡張していくっていう その拡張の度合いというのが見えたんですが、 今を塞がれています。 ただ一部残っているんですけど、 この辺り見てもらうと 実際に拡張した跡が綺麗に見えますよね? 分かります? 近づきましょう。 ここなんか見てもらうと分かりますよね? 一旦作った後、斜めに石を積んで 拡張工事をしているという、 こういう風に斜めに置く形というのが この時代第3王朝の時代になってます。 その後表面を水平にしたりしてるんですけど、 内側をこうやって斜めにするんですよね。 この内側を斜めにするっていうことで、 内部の重量というのが 格段にやっぱり圧迫がかかる。 これ内側にするというのは 外側に崩れるのを当然ながら防ぐためにしています。 ただスネフェル王のピラミッドのところでは このピラミッドの上の空間に部屋とかがあるため、 この構造だけにしてくと崩れてしまうんですね。 そのために水平に積むように石組構造というのを変えています。 そういった意味でこういった石組構造を見ることで、 当時の石材の建築技術の発展というのが見られたりする 面白い場所になっています。 行きましょう。 ここ見てもらうと なんか石が非常に綺麗にまっすぐ白くなっているところと、 ちょっと突き出たような形になっているものが あるのが分かると思うんですけど、 あちら真っ白になっているというのは あの辺りまで瓦礫とか土砂とかそういうものが ちょっと体積していた場所になってます。 そのために数千年間、これは堆積していたために 逆に保存状態が良い。 浮き出ているところというのは、 ここのところはその後数千年間の間に やはり上からの圧力で石というのが外側に はみ出すような形になっている場所になります。 そういった意味でオリジナルがどういう形で 石が積み上げられていたのかっていうのは この下側のところを見ると分かったりします。 この辺り私たちが最初に計測をしていた時には あまり定かではなかったんですが、 今は非常に綺麗に見えている状態です。 今北側にいます。 その北側の一角に 面白い四角い部屋みたいなものがあります。 こちらのところセルタブと呼ばれるところですね。 ここは別名ペル=トゥト。 彫像の家という風にも呼ばれていて、 この中に おぉ~。 ネチェリケト王の彫像があったりします。 実際この中に入っているのは ネチェリケト王、ジョセル王の彫像で、 ここの穴というのも古代から空いていて、 ここから北天、北に沈まない星を見ていると いうような形になっています。 本物は今現在はカイロ・エジプト博物館ですよね。 そこのところに置かれていて、 今はここにはレプリカが置かれていますが、 元々はこういう形であったわけです。 これ是非覗いてみて下さい。 カモーン!みたいな。 見えんのかこれ?ねぇ。 映るのかなぁ…? 見えます? 見えないみたい(笑) 北側の今葬祭神殿に来てるんですけど見えるかな? ピラミッド見えてますね。 あれ第5王朝時代のアブシールです。 アブシールのピラミッドのさらに奥の方にギザも見えるけど 見えるかなーって感じですね。 もしかしたら見えるかもしれないって感じですけど。 えーっと今日はアブシールとギザ、見えてます。 中行きましょう! じゃあ私は背中、 NEVER STOP EXPLORINGのNORTH FACEで そのうちなんか貰わんといかんな(笑) 行きましょう!中です。 NEVER STOP EXPLORINGです。 ここ昔はなぁ全く入らなかったんだよなぁ。 2008年、あれは調査した時だから2007年か。 入った時めちゃくちゃ感動したな。 今日はなんと停電。 まじかよって感じ(笑) 真っ暗ですよ真っ暗。 真っ暗。 電気つけますね。 入っていきます。 めちゃくちゃ雰囲気ありますね。 ここも調査では何度も入ったんですけど、 修復されてから初めてだなぁ。 当時はこの辺にも土器が めちゃくちゃ堆積してるんですよね。 何万点もの土器がここから発見されていて、 その土器の多くがネチェリケト王より前の ニネチェル王とかラーネブ王とか 祖先のモノだったんですけど、 ここに階段がありますね。 こっちも横に行く… 通路がありますけれど、 下行きます。 迷子になったらどうしよう。 ここのサッカラの地下は全長約5.7kmとか言われている 本当に迷路みたいになっている場所です。 行きましょう。 こういう所にも通路があるんですけれど、 今危ないので行けなくなってますね。 迷った。 確かにゲーム「アサシンクリードオリジンズ」 やってる時も迷ったんですよね。 なんか久しぶりに入ると迷った。 たぶんこっちです。行ってみましょう! たぶんこっちに南の青の部屋があるはずです。 いきなり置いていったら、 (スタッフの)バステトとアヌビスびっくりしますよね。 どこいった!?みたいな。 (スタッフのバステト)イヤすぎる。 ちゃんと覚えてた。 さすが俺みたいな。 ちゃんと覚えてるじゃん。 やっぱりゲームとは違うな。 ゲームは分かんないけど現場は分かるよ。 ここのところに、南の墓のところに置いてあるような ジョセル王がいて、 ここのジョセル王のレリーフというのは イムホテプ博物館の所に持っていかれてますね。 本来ここのところにはパネル一部残ってますけど、 青いパネルがずらーっとあったっていう めちゃくちゃ綺麗な部屋だったはずですね。 ここが青の間って呼ばれてるところかな。 この小さなタイル本当に綺麗ですけどね、ファイアンスも。 こういったタイルというのは 世界中に結構散らばっていて、 そのうちの1つが渋谷の古代エジプト美術館ですよね。 あそこの所に置かれてあったわけです。 綺麗ですよね。 さぁ行きましょう。 ここは狭いんで気をつけて。 アサシンクリードオリジンズって ゲームなんかをやってる時には、 ここに財宝がザクザクあった気がするんですけど、 ほんとこんな感じですよね。 昔はやっぱりここのところにも 様々な副葬品が置かれてあったんじゃないかな という風には思います。 ここ複合墓なんですよ。 王妃と言うか実際に自分の親族、 そういった者もこの墓に埋葬されてありました。 行きましょう。 もうすぐ玄室に到着するはずです。 行き止まりだった。 こっちだった…間違えました。 戻っていきます。 あ~こっちだった! こっちでした。 ここ電気ついてます。 ここだけ電気ついてるよ。 到着した。 玄室。 王の間です。 すっごいですねぇ。 花崗岩のめちゃくちゃ巨大な石棺。 金庫ですよね。 これをさらに入り口がないので、 この上の天井のところに穴と、 数トンの栓みたいなものを入れて、 中の王の遺体っていうのを守ろうとしていたんですが、 最終的にはそれも盗掘の憂いにまわってしまったっていう 形になりますね。 ぐるっと回ってみましょうか。 すごいですよねぇ。 ここ上から石を落としていって、 最終的にはこの石棺完成させたんですよね。 今度は南から入っていきます。 この南というのは 後期王朝、末期王朝とかプトレマイオス朝とかかな? 後の時代に実際に開けられた通路で、 ここから玄室の方まで続いているというような 形になっています。 玄室ここにあります。 上からこれ見る形ですね。 すごいですよね。 あそこの丸いのが何度も言っている 蓋みたいなものですよね、栓。 あの栓、下からも見ましたけど めちゃくちゃデカいのがはまってましたよね。 あれを除かないと中に入れないんですけど、 盗掘家どうしたんでしょうね、本当にね。 結局やっぱりここのところも盗まれていますね。 ミイラの断片みたいなものは発見されています。 それがまぁネチェリケト王のものなのか どうなのかっていうのは、 年代測定とかはしているんですけれど どうも時代的に違うんじゃないかという話には なっています。 階段ピラミッド内部でした。 良かったですね。 地下迷宮。 観光客にもこれは皆さんにも公開されていますので、 是非エジプトに来られた時には ここにも入ってみてください! ご視聴ありがとうございました。 これからもですね どんどん良質な古代エジプトのコンテンツを 上げていきたいと思いますので、 引き続きいいねボタンとチャンネル登録 よろしくお願いします!

2022-10-02 21:36

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